ホームAI時代に生き残るファイナンス 学習コラム › 株式譲渡と事業譲渡の違い

株式譲渡と事業譲渡の違い|M&Aでどちらを選ぶか実務家が解説

2026年8月31日 · 潮田 豊幸(World Finance Edu)
著者:潮田 豊幸。運用資産 US$125B の不動産プライベートエクイティでグローバル経営企画責任者を務めた実務家。現在はシンガポールでフラクショナルCFO、エンジェル投資、そして Mentogram School of Finance の Program Director 兼 Founding Partner としてコーポレートファイナンス教育を手がけています。米国公認会計士(USCPA)、INSEAD Global Executive MBA。 経歴・登壇・審査員の実績 ›

会社を売る、あるいは買うという話が具体的になると、最初に「株式譲渡でいくか、事業譲渡でいくか」という問いが出てきます。どちらも会社を手に入れる方法なのに、契約書も税金も、後から引き継ぐものの範囲もまるで違います。ここを曖昧にしたまま価格の話だけ進めてしまうと、あとで手取りや引き受けるリスクが想定と食い違い、交渉をやり直すことになります。

この記事では、株式譲渡と事業譲渡の違いを、実務でどこに効いてくるのかという順番で整理します。買い手と売り手では有利な方が逆になることが多いので、両方の視点から見ていきます。M&A(合併・買収)全体の流れはM&Aの進め方で扱っているので、本記事はその中の「譲渡方法の選び方」に絞ります。

そもそも何を売買しているのか

この2つは、売買の対象が根本から違います。株式譲渡は、対象会社の株式を株主から買う取引です。会社という器はそのまま残り、器を持っているオーナーが変わるだけです。事業譲渡は、会社が持っている事業そのもの、つまり設備や在庫、取引先との契約、従業員といった資産のまとまりを、個別に選んで買う取引です。器ではなく、中身を選んで持ち出すイメージに近いです。

比較項目株式譲渡事業譲渡
売買の対象会社の株式(会社まるごと)選んだ事業・資産のまとまり
お金を受け取る人株主(オーナー個人など)会社そのもの
負債の引き継ぎ原則すべて自動で引き継ぐ合意したものだけ引き継ぐ
契約・許認可会社に付いたまま原則維持個別に結び直し・取り直し
手続きの重さ比較的シンプル移す資産ごとに手間がかかる

この一覧の差が、そのまま次の2つの論点、「負債と契約をどう引き継ぐか」「税金でいくら残るか」に効いてきます。順に見ます。

いちばん効くのは負債と契約の引き継ぎ方

株式譲渡では、会社を器ごと買うので、資産も負債も原則すべてそのまま引き継ぎます。ここには、帳簿に載っていない簿外債務や、将来発覚する可能性のある偶発債務も含まれます。買い手からすると、見えていないリスクまで一緒に抱えることになるので、事前の調査が重くなります。だからこそ買い手はデューデリジェンス(買収監査)で、この会社に隠れた負債がないかを丁寧に確かめます。

事業譲渡は、この点で買い手に有利です。引き継ぐ資産と負債を契約で一つずつ指定できるので、要らない負債や簿外リスクを置いていけます。ただし、その代わりに手間が増えます。取引先との契約は原則として結び直しが必要で、相手が難色を示せば主要な取引が引き継げないこともあります。従業員も自動では移らず、本人の同意を得て転籍させる形になります。許認可も会社に紐づいているものは取り直しになり、業種によってはここが最大のボトルネックになります。

覚えておきたいのは、楽な方は立場で逆になるということです。負債の切り離しという点では事業譲渡が買い手に優しい一方、契約と許認可を丸ごと維持できるという点では株式譲渡のほうが圧倒的に手間が軽い。どちらか一方が常に得ということはありません。

税金の違いで手取りが変わる

売り手にとっては、同じ売却価格でも手元に残る金額が方法によって変わります。ここは価格と同じくらい重要なのに、後回しにされがちです。

論点株式譲渡事業譲渡
誰に課税されるか株主(個人・法人)会社(法人)
主な税負担個人株主なら譲渡益に約20%売却益に法人税、さらに消費税
手元に残す流れ株主に直接入る会社に入り、配当等で個人へ

個人オーナーが株式譲渡で会社を売ると、譲渡益に対する税率はおおむね2割で完結し、代金は本人に直接入ります。一方、事業譲渡では会社が売却益に法人税を負担し、そのお金をオーナー個人が受け取るにはさらに配当などの段階を踏むため、手取りベースでは重くなりやすい。加えて、譲渡する資産には消費税がかかります。売り手が個人であれば、多くの場合は株式譲渡のほうが手取りは大きくなります。

買い手側は逆の見方をします。事業譲渡で買うと、買った資産に上乗せしたのれん(買収で生じる無形資産)を税務上も費用として落とせる余地があり、将来の税負担を軽くできる場合があります。株式譲渡では、のれんは連結の会計上には出ても、この税務メリットは基本的に得られません。つまり税金の面でも、売り手が好む方法と買い手が好む方法はしばしば反対を向きます。

実務でどちらを選ぶか

方法を決めるとき、私が最初に確認するのは価格ではなく次の3点です。この会社に切り離したい負債や簿外リスクがあるか、移転が難しい許認可や契約が事業の生命線になっていないか、そして売り手は個人か法人か。この3つで、答えの方向はかなり絞れます。

ざっくりした目安は次のとおりです。
・許認可や取引契約が事業の要で、簿外リスクが小さい会社 → 株式譲渡が素直
・特定の事業だけ切り出したい、または負債を確実に置いていきたい → 事業譲渡が向く
・売り手が個人オーナーで手取りを重視 → 株式譲渡に傾く

実際には、買い手は簿外リスクを避けたくて事業譲渡を望み、売り手は手取りと手続きの軽さから株式譲渡を望む、という綱引きになることが少なくありません。ここで大事なのは、譲渡方法そのものが価格や表明保証の条件と交換材料になるという発想です。方法は先に固定するものではなく、リスクの分担と手取りをどう配分するかという交渉の一部として決まります。買い手が株式譲渡を受け入れる代わりに、簿外債務が出たときの補償条項を厚くする、といった調整が現実的な落としどころになります。

まとめ

M&Aの実務を、体系的に学ぶ

GYOSEKI × World Finance Edu 共同制作のオンライン講座「AI時代の、ファイナンス・キャリア再設計」。外資系エクイティアナリストとグローバル企業の経営企画責任者が、企業価値の「測り方」と、M&Aで価値を「つくる」考え方を約3〜3.5時間で解説します。

講座の詳細を見る

関連記事

潮田豊幸
潮田 豊幸(Toyoyuki Ushioda)
World Finance Edu 代表(シンガポール)。
X(旧Twitter) · note · LinkedIn · Substack