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M&Aの進め方|打診からクロージングまでのプロセスを実務家が解説

2026年8月12日 · 潮田 豊幸(World Finance Edu)
著者:潮田 豊幸。運用資産 US$125B の不動産プライベートエクイティでグローバル経営企画責任者を務めた実務家。現在はシンガポールでフラクショナルCFO、エンジェル投資、そして Mentogram School of Finance の Program Director 兼 Founding Partner としてコーポレートファイナンス教育を手がけています。米国公認会計士(USCPA)、INSEAD Global Executive MBA。 経歴・登壇・審査員の実績 ›

初めてM&A(合併・買収)の当事者になると、多くの人が同じところでつまずきます。個別の用語は調べれば出てくるのに、それがどの順番で登場し、どこで何を決めているのかという全体の地図が見えないのです。基本合意は契約なのか、デューデリジェンスは価格を決める前か後か。この順番を取り違えると、交渉の主導権を早い段階で失います。

この記事では、売り手と買い手の最初の打診からクロージングにたどり着くまでの流れを、実務でよく使われる順番どおりに整理します。各段階で「何を決めるのか」「次に進む条件は何か」を押さえることが目的です。

M&Aプロセスの全体像

M&A(合併・買収)の進め方は案件ごとに違いますが、株式譲渡を前提にすると、おおむね次の6つの段階を通ります。まずは地図として全体を眺めておくと、いま自分がどこにいるかを見失いません。

段階この段階で決めること主な書面
1. 打診・秘密保持情報を出してよい相手か、検討に値する案件かNDA(秘密保持契約)
2. 初期検討・条件提示おおよその価格帯と進め方の骨子意向表明書
3. 基本合意独占交渉権、価格の前提、スケジュールLOI(基本合意書)
4. デューデリジェンス前提が事実かどうかの検証DDレポート
5. 最終契約最終価格、表明保証、譲渡の条件SPA(株式譲渡契約)
6. クロージング代金の支払いと株式の引き渡しクロージング書類一式

重要なのは、価格が一度に決まるわけではないという点です。段階3で「前提付きの価格」を置き、段階4でその前提を検証し、段階5で最終価格に落とし込みます。この構造がわかると、後述するつまずきの多くは避けられます。

打診と秘密保持契約(NDA)

最初の関門はNDA(秘密保持契約)です。売り手は、詳細な財務情報や顧客リストを渡す前に、情報が漏れない相手かを確かめます。ここで軽視されがちなのが、NDAに含まれる勧誘禁止条項や、目的外利用の禁止です。単なる形式書類と思って署名すると、後で自社の採用活動や取引まで縛られることがあります。

NDAが締結されると、売り手はインフォメーション・メモランダム(企業概要書)を開示します。買い手はこの段階で、事業内容と大まかな財務から、そもそも自社の戦略に合うかを判断します。ここでの判断材料は限られているので、価格はまだ幅を持った目安にとどめておくのが実務的です。

基本合意(LOI)で決めておくこと

初期検討を通過すると、買い手は意向表明書を出し、双方の合意が固まればLOI(基本合意書、Letter of Intent)を結びます。ここが心理的な山場です。多くの条項は法的拘束力を持たせないのが通例ですが、独占交渉権と秘密保持だけは拘束力を持たせるのが一般的です。

LOI(基本合意書)で必ず確認したい4点
独占交渉期間:買い手が安心してコストをかけて調査できるよう、売り手は一定期間ほかと交渉しないと約束する。
価格の前提:「純有利子負債ゼロ、正常運転資本を前提に◯億円」のように、何を前提にした価格かを明示する。
スケジュール:デューデリジェンスからクロージングまでの想定日程。
交渉打ち切りの条件:どういう場合に交渉を打ち切れるか。

私がフラクショナルCFOとして関わる立場から見ると、LOIの価格を「確定価格」だと思い込むと後で必ずもめます。この段階の価格は、次のデューデリジェンスで前提が崩れれば動きます。動く余地をどれだけ残すかを、ここで文言として決めておくのが交渉の要点です。企業価値評価(バリュエーション)とはで扱った、企業価値と株式価値の違いも、この価格の前提を読むうえで効いてきます。

デューデリジェンス(DD)で何を検証するか

デューデリジェンス(DD)は、LOIで置いた前提が事実かどうかを確かめる工程です。財務、税務、法務、労務、事業の各領域を、専門家が分担して調べます。目的は「あら探し」ではなく、価格の前提と、引き受けるリスクの範囲を確定することです。

買い手側で特に価格に直結するのは、正常収益力の把握です。一時的な要因で膨らんだ利益や、逆にオーナー個人の費用で圧縮された利益を調整し、EBITDA(利払い・税・償却前利益)を正常化します。この正常化EBITDAが、最終価格の基礎になります。将来の見通しを金額に落とすDCF法(割引キャッシュフロー法)を使う場合でも、出発点になる利益やキャッシュフローが実態どおりかは、この工程でしか確かめられません。

DDで発見された問題は、必ずしも破談を意味しません。実務では次の3通りで処理されます。
価格に反映:見つかった負債やリスクの分だけ価格を引き下げる。
契約で手当て:表明保証や補償条項、あるいは代金の一部を留保して対応する。
前提条件にする:クロージングまでに解消することを、取引実行の条件にする。

最終契約(SPA)とクロージング

DDの結果を織り込み、最終条件を固めるのがSPA(株式譲渡契約、Share Purchase Agreement)です。ここで価格が最終確定し、表明保証、補償、クロージングの前提条件、譲渡後の競業避止などが文言として確定します。価格そのものより、価格が後から調整される仕組みでもめることが多い領域です。

SPAの主要論点買い手の関心売り手の関心
価格調整(運転資本・純負債)クロージング時点の実態に合わせたい調整幅を小さく限定したい
表明保証の範囲広く、期間を長く取りたい狭く、期間を短くしたい
補償の上限・下限上限を高くしたい上限を低く、少額は免責に
クロージング前提条件許認可や重要契約の同意を条件に条件を減らし確実に実行したい

クロージングは、SPAで定めた前提条件がすべて満たされたことを確認し、代金の支払いと株式の引き渡しを同時に行う日です。ここで取引は法的に完了します。ただし、買い手にとっての本当の勝負はこの後の統合(PMI、買収後の経営統合)から始まります。想定したシナジーが出るかどうかは、契約ではなく統合の実行で決まります。

実務でつまずきやすいポイント

売り手側の支援でも買い手側の検討でも、同じような失敗を繰り返し見てきました。順番に関わるものを3つ挙げます。

いずれも、各段階が「何のためにあるか」を取り違えたときに起きます。プロセスの地図を最初に共有しておくだけで、防げるものが少なくありません。

まとめ

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潮田 豊幸(Toyoyuki Ushioda)
World Finance Edu 代表(シンガポール)。
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